私の失敗が700年前の人の焼き増しだった話

私の失敗が700年前の人の焼き増しだった話

「また最後の締めがダメだったね。もっとお礼はしっかり言ったほうがクライアントさんも笑顔で帰れるんじゃないかな」
先輩は、いつも最後の話しかしない。

今の私は、契約社員で入社したての新人だ。
仕事は、転職や就職について相談に来たクライアントと1時間の面談をすること。
これまでもカウンセラーなど人の話を聞く仕事はやってきたが、今の会社では間違いなく新人なのだ。
また、面談を初めて一ヶ月も経っていない。
先輩の同席のもとに面談を担当させてもらっていた。

「やっぱり終わりに近づくにつれて、笑顔が増えるよね~」
先輩は何気なく私に言った。
また今日も最後を頑張れって言われたか……心の中でそう思う。
同じことの繰り返しで、目を見て返事ができなかった。
少し左斜め上を見上げるポーズを取り、考えてますよオーラを出すことだけは忘れなかった。

そもそも、面談の注意事項はたくさんあって、面談の最後だけに偏っているわけじゃない。
むしろ、途中の方がよっぽど気を付ける項目は多いし、コミュニケーションにも気を付けなくてはならない。
注意点も多く、1時間のうち3分の2は気を張っている時間だと私は思う。
最後の注意点は、そもそも面談に関係がないのだ。
なぜなら、「お礼をしっかりいえているか」と、「お見送りできているか」の2点しかチェックポイントがないのだから。

面談をするという1対1での関わりを大切にする仕事の中で、面談終了時に「ありがとう」の一言も言えない人や、最後までお見送りができないという人がいるのだろうか。
普通に考えていないだろう。
少なくとも私は見たことがない。
面談中にも、「話しにくいことを話してくれてありがとう」と、ねぎらったり、面談を始める前も、「今日はきてくれてありがとう。お会いできてうれしいです」と伝える。
定型句のようにはなっているが、心からそう思って伝えている。
これらは、当たり前のことだと思う。
でも、その先輩はこの当たり前のことができていないと私に告げてくる。
私としてはむしろ、面談中に「ありがとう」とお礼を伝えられているかが気になっているのに。

そんなモヤモヤを抱えながら、先輩に同席をしてもらう最後の面談が終わった。
その日は先輩は終わりについては何も言わず、一言だけ教えてくれた。
「ちょっとカジュアルすぎるところがあるけど、次から一人で面談ね」
これで先輩の監視が外れて、のびのびと面談ができる。
そう思いながら、最後にこだわる先輩の話を聞いてみようと思った。
「今日は最後大丈夫でしたか?」
半ば、先輩に対する挑戦である。
自分では悪いなんて思っていない。
いつも通りやったけど先輩は指摘しなかった。
特に何も変えていないのに、今日に限って指摘しないのは適当に難癖付けてたんじゃないか……? 
そんな思いで先輩に甘噛みしてみたのだ。

すると、先輩は言った。
「あなたは面談の途中はクライアントさんに対してすごくいい。しっかり向き合えてるのが横で見ていて伝わってくる。表情が曇ったら声のトーンを下げるし、自慢話には少し大げさに受け止めて共感しようとしてる。自分で注意してるのがしっかり伝わってくるし、面談前の準備が活きていることがほんとに良く分かる」
そして先輩はこう続けた。
「でも、最後に近づくにつれてクライアントじゃなくてあなたに安心が見える。やっと終わった……って思っているように見える。ヒアリング漏れの有無を確認した後、明らかに安心してない?」
私は答えた。
「なんとか時間通りに終わった……とか、これで先輩に迷惑を掛けずに済む……とか、怒らせなくてよかった。とか色々思います。」
実際、終わった後は風船の空気を抜いたような安堵があった。
でも、先輩は言った。
「私たちはクライアントに元気になってもらって帰ってもらいたいと思ってる。笑顔で帰ってくれて嬉しくなったとか、それ自体はとってもいいことだし、いい面談ができている。ただ、忘れないでほしいのは、なんとか時間通りに終わった……と思ったその瞬間、安堵しているのはあなたであって、クライアントさんじゃない。本当に安心してもらいたい人じゃなくて、自分の安心が先に出ているようにみえてた。その瞬間だけ、自分しか見てない。そんな風にも言えるかもしれない。失礼な話だけどね」

そう言われてハッとした。
間違えないように。
失敗しないように。
役に立てるように。
全部クライアントさんの為にやっていたはずなのに……
確かに、最後はクライアントより先に笑顔を向けていた。
終わって良かった、という自分本位の笑顔を。
本当の最後に限って、確かに一番大失敗をしていた。

口元に笑顔を作りながらも、まばたきが減り、厚めの眼鏡をしていたことに感謝しながらの帰り道。
私は、この経験がとんでもないことと繋がってしてしまっていた。
中学校か高校かそれくらいの時期に『徒然草』で読んでいた。
その中には、庭師の親方が弟子にこういうやりとりのシーンがある。
「仕事をする中でも、やり始めや山場は気を張っているから一人でも大丈夫。でも最後に最も気が抜けるから、特に注意するように」と。
古典が好きだった私が、700年前の学びを今、ようやく実感した瞬間だった。

それ以降私は、最後まで気を抜かない姿勢を持ち続けている。
クロージングに注意して、幻滅されないように、サービスを心地よく使ってもらえるように。
特に、笑顔でお見送りするということに力を入れるようになった。
その結果、お見送り時に笑顔でいて下さるクライアントさんが増えた。
私にはそんな実感がある。