ドラマから学ぶもの

ドラマから学ぶもの

あなたはドラマを見たことがありますか?

古畑任三郎をご存知でしょうか。
田村正和さんが主演をされていた刑事モノのドラマです。
昔の作品だと思っていたのに、なぜか6月上旬にTwitterなどSNSで古畑任三郎役の議論が盛んになっていました。
私は、古畑任三郎という1作品が、転機を迎え、どんな次の一歩を踏み出すのかがとても楽しみにしている人の一人です。

ドラマにもキャリアはある

ドラマにもキャリアがあると言ったら、あなたはどう思いますか?
私たちは普段、“一人ひとりの人生”をキャリアと呼んでいます。
その発想からすると、どんなドラマや舞台も、発信されてから今まで、そして未来に続く“キャリア”を歩んでいると言えるのではないでしょうか?
社会に出る前の準備期間があり、売れない時があり、栄光の時があり、人の記憶に残っていくのだから。

もちろん、登場人物の人生もしっかりと描かれている。
毎回、犯人役の特別なゲストを迎えてのドラマチックな立ち回りがあるかと思えば、毎回おでこを叩かれる部下と、古畑のこれといって特筆することのない日常がある。
特別なスペシャル放送にもなると、テレビドラマが終了した後の登場人物の軌跡が描かれる。
ある時はなりたくもない警察犬の訓練士にならざるを得なかった古畑。
本当はなりたくもないのに、意地を張ってしまい、自分から辞められなくなってしまった。
本心では、現場復帰の声がかかるのをずっと待っていた。
ある時は自律神経失調症で休職していた部下。
治って職場復帰したら、過酷な日常でまた具合を悪くしてしまう。
でも、そうまでなっても古畑のパートナーは譲らない気概。
登場人物の人間模様やライフスタイルを切り取って、しっかりと一人の人間像を作っている。
他にも、黒い服が好きで何着も同じものを買っちゃう心理。
心配症で呪いやおまじないを結構本気で信じちゃう背景にある、おばあちゃんの存在。
思いや価値観がそれぞれあって、今の道を進んできている。
そんな登場人物一人ひとりのキャリアも、ドラマの中で克明に描かれている。

登場人物にあって作品にないもの

しかし、悲しいかな…。
当たり前だが“ドラマそのもの”には自己決定権がない。
様々な人の考えが複雑に絡み合って、新しい門出が決められてしまう。
常に周りに影響されて、続編も演者も変わってしまう。
もちろん前の俳優の意向も大きく繁栄されるだろうが、“ドラマ自体”にこれからを決める意思の力は無い。
あれだけ中の登場人物に人間味があって、独自のキャリアを描いて生きてきていても。だ。
制作者に言われるがままに世の中にリリースされ、消費されていく。

私たちは自己決定できる

でも、私やあなたは違う。
言われるがまま、消費されて行くことはない。
自分で自分の未来を決めることができる。
会社の中でどう活躍していきたいのか、発信することができる。
今の仕事で起きている不具合を自分から正していくことができる。
不満を伝えることも、行動に起こすこともできる。

そもそも、私たちが感動するのは登場人物の生き様の方。
私たちは、自分以外のキャリアに感動して一歩踏み出すことも良くあるのではないでしょうか。
それを私たちはモデリングとか、代理学習と呼んでいる。
例えば、過去に支援した方が、“相棒”というドラマのプロ根性と仲間意識に憧れて警察官を目指したように、私たちは自分以外からたくさんのことを学んでいく。

私たちには、自分の未来を変える力がある。
上司からダメだと言われたとしても。
家族から強く反対をされたとしても。
最後に道を決めるのは、あなた自身だ。