自分の性格/能力はラベルにすぎない

自分の性格/能力はラベルにすぎない

性格/能力とは?
「私、正直性格も良いと思えないし、能力も別に誇れるものもなくて…」
目も合わせないし、ジェスチャーもない。
あまり自分に自信があるようには見えない態度と口調で彼女はそう言った。

性格や能力というものは、基本的にはラベルに過ぎないと私は思う。
あるのは、その人が“どう行動しているか”という事実だけ。
その事実を誰に伝えるのか、どう解釈するのか、プラス要素なのか、改善要素なのか。
そんなことを考え、人に性格や能力というレッテルを張って誰かに紹介することになる。
だから、もっと自由に性格や能力はアピールできるものだと私は思っている。

「性格が良いって?」
「なんか、周りの人からあの人いい子だよね~とか言われる人っていますよね。私、そういうことを一度も言われたこともなくって。言われたいとも思わないからいいんですけど、言いたいとも思わないですね」
「性格がいいって言われる人が、本当に性格がいいって思えたことがないんです私」
言葉から怒りのようなものを感じる。
イライラしたような、一息で言ってしまえるような勢いのある言葉。

「思ったことが無い?」
「ええ。裏で陰口を言ってる人が、表ではとても気の利く人で通ってたりするんですよ。私はそういうの出来ないから…」
「だから、正直性格も良いとは思えない、ということなんですか?」
「うーん、そういう感じでもないのですけどね…。人のことを陰で悪く言いながら、表では手伝うみたいなのは、今の私にもきっと当てはまりますし。やっぱり嫌な性格なんだと思いますね」
陰口を言う人があまり好きではないのだろう。
今日の面談の場で話しているコトさえ、彼女にとっては陰口だと思えるらしい。
同じことをやっている自分が好きになれないという気持ちが強く伝わってくる。

「良い性格になりたいって思われています?」
「悪い性格よりは、良い性格の方がいいですよね?」
「あなたの考える“良い性格”とはどんな性格なんでしょうか?何があれば“良い性格”だなって思えるのでしょう。」
「うーん…世渡りがうまい?」
「陰口の人は違うんですか?」
「世渡りがうまいのかもしれないけど、後から痛い目を見るようなのって“良い性格”って言えるんでしょうかね?」
「後から痛い目を見ることがない、世渡りのうまさ…」
「そうですね、誰からも好かれるというか」
「好かれることと、世渡りのうまさってイコールって感じに思われている?」
「イコールかどうかはわからないけど、人から好かれる人じゃないとうまく世の中渡っていけない気はしています」
「人から好かれる性格…ですか。あなたのいう人から好かれる性格の人は、普段どんな働き方をされているんですか?」
「普段は本当にいい人なんですよ。何度聞かれても同じことを返してあげるし、頼まれれば嫌とは言えない性格みたいな感じでみんな考えているし、単に陰口をしているのにちやほやされている時にイラっと来るときもありますね」

話すたびに、性格の内容がどんどん変わっていく。
あの人みたいになりたくないと、行動に着目する。
誰からも好かれるといいながら、行動をあげてくれる。
どちらにせよ、相手の行動を見ての「評価」だ。

「イラっと来てしまわれるんですね…自分が人から“〇〇な性格だよね”って言われたいとかはありますか?」
「うーん…人からはおっとりしているとか、優しいとは言われますけど、自分では良い性格だって思えないんですよね」
「思えない…?」
「おっとりしていて、優しい性格の人なら、好かれるようにも思いますけど…」
「うーん…なんていうのか。おっとりとか、優しいって長所にならないというか。変な話ですけど、悩みの一つに面接のときのPRに使えないなって言う思いがずっとあって…」
「今の仕事もかなりの数応募してやっと内定をもらった職場なんですが、それまで書類だけで80件くらいは落ちています。最後まで自己PRは書けたような気はしませんでした…」
「優しいとか、おっとりしているというのは評価されない、ということ?」
「そうです。優しいとか言われますっていうと、面接官は“ふーん”って感じで」
「“ふーん”…って感じ?」
「反応が薄いっていうんでしょうか。あ、ダメだったなという感じが毎回あるんです。就活の時、それがとても嫌でした」

彼女は、優しいとか、おっとりしていると「評価」されている。
評価されているのであれば、言ってくれる人はどこを見て評価したのか。
これを読んでいるみなさんは、どんな場面を見たら、この人優しい人だなって思いますか?

「就職してからは無くなったのですか?」
「いえ、ありますね。むしろ就活の時より苦痛な時もあります。どういう仕事がやりたいのかとか、今どんな気持ちで仕事をしているのかとか、好きなこと話してって言われるけれどそれがまず嫌です…。あと、配置転換とか、希望は聞いてもらえるけど、書面で出さなくてはいけなくて、その時にもPRを求められるそうです」
「色々なところで求められているんですね…」
「言われるたびに、自分にはPRできるところが無いということを気に病みます…あいさつはしますし、真面目に仕事もしますし、後は納期を守るとかそれくらいしか」
「先ほど言っていた、おっとりしているとか、優しいというのとはまたちょっと違う一面のように感じますね」
「あいさつをすることや、真面目なところ、納期を守るところをPRしてくれる人がいたとして、その人はどんな性格だと思います?」
「んー、納期を守るところも真面目と言える気もするし、神経質?几帳面?固い?なんかそんな感じでしょうか。でもあいさつをするというのは浮いているようですね」
「なるほど…納期を守るところは几帳面と表現できそうですよね。神経質や固いというイメージもその通りかもしれません」
「あいさつをするということと重ならないということですが、重ねたいのですか?」
「そういうわけじゃないですけど、まとめた方が言いやすいですよね?」
「言いやすい、ですか」
「はい、話が長くなりすぎるからまとめたほうが良いというのは良く言われてきました」
「混ざらないと思っているものを、まとめたとして、うまく伝えられそうですか?」
「うーん…自信はないですね」
「自信が持てない…ですか。あいさつをしっかりするのはどうしてですか?」
「ずっと言われ続けてきたことというのが大きいと思います。学校も親も、スポーツも、あいさつが大事だということはずっと聞いてきていて。あいさつまで込みだと」
「私は今までの話を聞いて、責任感がある方だなと感じています」
「責任感、ですか…。責任というと大きなものな気がしてしまって、あまりイメージがつかないです。あいさつも、納期を守るのって当たり前のことじゃないですか?」

仕事を行う上では、様々な場面で自分を出していく必要があります。
その一つが人事上の転換。
制度はあるのに全然活用できていないという人もいるかもしれません。
逆に、制度を作ったのに全然利用してくれないし、利用してくれても未経験で最前線に活きたいなど無謀すぎるチャレンジを訴えて来る人が多いなどの課題もあるかもしれない。
アピールしてほしい側と、アピールできていないと抱える側。
あなたならどんな行動を、どう捉えて、どんな自分を紹介していきますか?

「当たり前ですか…本当に当たり前なんでしょうか。極端な話ですが、あなたのように真面目で几帳面な人と正反対の人がいたとして、その人は納期を当たり前に守るでしょうか?」
「…思いません。そういう人もいると思うけど、見たことはないです」
「見たことないですか…私も見たことありません」
「そうなんですね、私がやっていたことはみんなやっているものだとばかり思ってました」

「仕事の仕方や取り組みって無限大にあるし、今まであなたがやっていた“あたりまえ”を何個も出してみたら、性格や誇れる能力というのも見えてくるかもしれませんね」

最後になりますが、性格や能力というものは、基本的にはラベルに過ぎないのです。
今あなたの手元にあるのは、普段からの行動です。
これが、アピールの際に役立つ武器。
すなわち、“何をやってきたか。何をやっていきたいか”という基本的なことが、誰しもが持っている武器になりえます。

自律を求める会社だから、自分のやってきたことに「主体性」というラベルを張って紹介するんです。
新しい部に行きたいから、「好奇心が強く、柔軟な考え方ができる」という自分をアピールをします。

誰に伝えたいのか。目的は何なのか。しっかり考えながら自分の行動を振り返ること。
これが、自分の性格や能力を客観的に見つける最大のコツになります。