ワンランク上のあなたへ

ワンランク上のあなたへ

社会人の学びの機会をフラットにしたい。
最近そう感じることが増えた。
「非正規だとまともに研修とかありませんよ先生。まあ私はほとんどコンビニだったんで…」
言いよどむ相談者。
「そもそも、ここに来る交通費だってきついんです実は…受講料はタダだけど、テキスト代も受験料もかかる。前のコースから転科してきたのも、こっちのコースの方がテキスト代とかが安いからなんですよ」
切実だった。
「こういう研修ってまともに受けたのって初めてで、何も発言できませんでした」
「まあ、コロナ禍でもあるからね…」
うつむく相談者に少し軽口をはさむ。
そんな切実な中でも一歩踏み出してきている人を心から応援したいなって思いながら話を進めている。

いつも最後まで話を聴いてみて一貫して感じるのは、「何もできない、何もしらない」という焦燥感。
学びたくても生活に必死で学んでこれなかった。
やりたくても許されない人生だった。
家族の介護が、病気が、住むところが、お金が。
理由は様々あるけれど、今めっちゃ頑張ってるし、過去にもずっともがいてきた。
そんな人もいるんだってことを、もっと知って欲しいなあって最近思ったりする。

私たちは、ヒーローに憧れる。
ひどい状態の中に、さらに絶望するような状態であった主人公が、歯を食いしばり、歩を進め、やがてはヒーローになっていく。
そんな物語に、なぜか人間は惹かれる。
鬼滅の刃だって、家族も殺されず、修行で躓かず、順風満帆な主人公だったら全然楽しくなかったんじゃないかな?
その陰で数えきれない人がまだ頑張り続けている最中なのは忘れないでいたいなって思う。

仕事として研修講師をしていると、本社は新入社員のころから充実してるけどグループ会社は研修機会もなくていきなり現場みたいな状況はよく見てきている。
良い悪いの問題じゃないし、その会社の育成方針・人財方針があるはずだから、それでいいとは思うけれど、格差を感じた人がどんな思いをするんだろうか。っていうのは思うことがある。
どこでも通用する力を身に付けられる環境を整備してあげたいんじゃなくて、頑張りたい!知りたい!やりたい!って思った人に気軽な機会がもっともっとあればいいなあと思う。

ただ、切実なのはお金の話。
気軽な機会を整備するには、コストがかかる。
教育ってずっと続けて初めて意味のあるものだから、来年はやりません。今年は3か月やります。再来年は多分ちょっとできます。とかだとダメなんだよね多分。
感染するとほぼ死んでしまうという病気の治療薬が開発されないのは、採算が取れないからだという話があるが、似ているところがあるのかなあなんて今考えれば思い当たる。
例えば、以前何かで読んだが、エボラ出血熱の薬を開発しても、消費できる人がいないのだそうだ。
対価を差し出せる人がいない薬を、善意だけでは開発できない。
あの有名な山中伸弥先生も、IPS細胞研究のために必死になって寄付金を募ったという。
セミナーに次ぐセミナーとプレゼン。
無い袖は振れないのだ。

しかし、社会人の学びの機会は薬の開発とは全然違う。
思った以上に世の中にはコンテンツに溢れていると思う。
検索すれば多数、コンテンツが出てくる。
やろうと思えば、ほんとに数多くの情報にアクセスすることができる。
できるが、欲しい情報にアクセスする方法を知っているかどうかは別なのではないかなと思う。
例えば、30分後の授業で使う日本史の資料を図書館に探しに行くという状況を考えてみて欲しい。
日本史の資料といっても膨大で、全部持ってくることはできない。
本当に必要な情報は、30分後に何を学び、足りない部分はどこで、先生の好きな分野はこれで、前回使った資料はアレで…というように、本当に欲しい情報にアクセスするまでに多数の情報が必要になる。
カウンセリングの現場でもよくあるのだが、こういった「検索ワード」を一緒に考える機会は意外と多い。
「何となく上司とうまくいかないんです…」というだけでは、有効な解決方法が調べられない。
話を聴いて、整理して。
「伝える際にうまくいってないから、プレゼン力を磨こうね」
「1対多になると焦っちゃうところがあるから言いたいことをまずはまとめる練習をしようか」
といった形で、問題を整理して明確にしていかないと、本当に必要な情報にたどり着かない。
あなたが本当に欲しい情報にたどり着くための検索ワードを一緒に考える。
これは、カウンセリングの一つの効果といえるかもしれません。

これからは、知りたいことを言葉にする努力と、届ける努力の時代ではないかなあと思う。
もちろん、私も気軽に相談はお受けいたします!